徒然に…

◎これまでにあった新聞連載など


各掲載にはかなりの時間差があり、内容に差異が生じている場合もありますが、ご了承ください。私の考え方の基本は表現されていると思います。  
数値で診る佐渡  ※佐渡ジャーナル 8回連載  平成18年
          (第1回、第8回は原稿アップ)
再生と縮小「岐路にある佐渡」 ※新潟日報 4回連載 平成16年
よみがえれ古里・地域活性化への指標  ※新潟日報 11回連載 平成8年
グラフは語る「佐渡の人口」 ※新潟日報 9回連載 平成6年

◎余談:うまくいかなかったこと、うまくいったこと

うまくいかなかったこと

高齢を迎え、働き生活するという皆様との舞台から降りるにあたり、残念なことがあります。古里の人口減少は、30数年前に「どこまでも減少するレールが敷かれているかもしれない」と案じた軌道をブレることもなく進んできました。必要なことがやり尽くされていたのか、何とかならなかったのか...ということです。

いつかの講演のときか、または誰に言われたかは忘れましたが、今日まで常に心に残っているものがあります。

それは、経営の中には、それは10年も前から分かったり言われたりしてきたことで、「そうしているとこうなる」ことはわかっていたのに「そうしてこうなった」ということが多い。そして「こうなった」時の対応も、根本的なことではなく対症療法的に当面のことだけで、その繰り返しとなる経営が多い…ということです。公私ともに「そうすりゃ、こうなる」ことはわかっていのだから、それを「そうして、こうなった」はマズイよ。必ず、そうなることの翌日はくるんだから、その時にどうなっていてほしいかの、それを今考えてなんとかしようよ…と言ったり自分に言い聞かせてきました。古里の人口減少に責任があるわけでもない私です。いつしか私のフィールドワークになったのは、「そうならないための手伝い」をするための準備をしておこうとしたのかもしれません。。

「古里は当時のレールを今なお進み、私も具体的な手伝いはしなかった」が結果でした。ただ、誰にも頼まれたのではないのに”いやに執着した”気がします。昭和の終わりの頃、たまたま受講した厚生省人口問題研究所(今の社人研)の講師に添削の申し出をして習った際、「これを習得して、何をしたいのですか? 一般の方も興味があるのであれば私たちも対応したいと思います」という主旨のことを言われました。その後、対応してくれた方は書籍を出して私のバイブルとなりました。この推計手法も、今は各市町村で独自に行うほどになっており、やはり誰もが気にすべき必要なことだったと思いました。

また、「過疎化の中で佐渡の振興を考えるには、佐渡を一つとみて産業連関表を作り使うことが必要だよ」という主旨のことを教えられました。それは、新潟日報から提案のあった平成8年11回連載、その基になった事業の際にお世話になった、かつての佐渡市町村会の事務局長大坂三郎さん(当時は佐渡テレビ解説委員)からの助言でした。産業連関表は、佐渡にも昭和40年代に行ったものがあり、これを手直しするやり方で独自のものをつくり、全体としては青森県の産業連関表がわかりやすいと思い許可をうけて長い間にわたりテンプレートとして使ってきました。佐渡ジャーナルの連載で使ったものは、このテンプレートと応用したものでした。産業連関表は平成18年度末に佐渡市が作成しました。当時は全国でも稀だったようです。これも、今は国は全市町村で作成できるようにし、さらに広めようと、小学生や家庭の主婦でも使って”いろいろな対策を提案”できるようアイデア募集もしているようです。この「リーサス」の指定のモデル地域として佐渡市はなりました。この点でも、流れにのったことは正しかったという思いと、教えてくれた大坂さんの素晴らしさを思い出します。

このように、古里の”行く末”を考え理解し解決する過程で必要な二つのツールを作ったことは間違ってなかったと思っています。ただ、私などがお手伝いすることでもなく、国が大々的に進めるという流れになりました。

うまくいったこと

一方、これほど「うまくいった」ことはないと思う事柄もあります。それは「人口減少への責任」の問題です。

村おこし事業を担当したとき、私は地域のことは全くわからず素人でした。「温泉の湯布院」「池田町のビール」「桃栗植えてハワイへ行こうの大山町」など、華々しい成果の地域がありました。とても、太刀打ちできるような結果はできないと思いました。私の特長?強み?は、(能力のためか)人一倍長くした中小企業診断士の受験期間を通して経営の勉強をしてきたことです。このため私には地域を会社とみたて、経営の立場で診るしかないと思いました。その後、「地域も経営」といった見方や言い出す方々もあり、ホッとした覚えがあります。

こうしてして診ると、地域の人口減少は企業の人気度ともいえる売上減少に似ており、人口ピラミッドは企業の履歴書と言われる貸借対照表に似ているなど、共通点も多くありました。そのように診た場合、いつまでも売上減少が続く企業は、こんなことが起きて減少した、今度はこのように対策すると説明しても、いつまでも株主が納得するわけではありません。どこの会社も売上減少しているから当社もそうだ…では納得してくれないでしょう。同様なことが地域でもおきると考えたのです。実際にも、人口推計を始めたころは、「そのようにはならない」と思うことから、対策として行う事業そのもので評価された気がします。その後も各地の総合計画は、人口が増える増やせる部分を切り取ったり強調しながら記載されていることが目立っていました。これでは、人口を増やす”種”がなくなったり、全体の人口減少が止まらないことがわかると、やはり責任をとらされる人が出るだろうと思ったものです。

近年、それが「人口減少は、国全体で起きているから一地域で対応は難しいから仕方ない」的なニュアンスに置き換わりました。経営に関する講習では、講師から「不景気だから売上が減少するというのは日本全体を対象としている企業の言うこと、地域の経営では言うべきことではない。工夫、革新、再構築が必要」と教えられたものです。

しかし、「よかった」ことだと思います。最近では”過疎脱却”も”人口減少は止められる”と言われることも少なくなったようです。少しでも改善する、減少を緩やかにする…そのための対策事業そのものに視点や評価が移行しているようです。仮に人口減少が続くにしても、消滅への軌道から脱せないにしても、「会社のように責任をとらなければならない、その出来事ではなくなった」ことは、責任をとる立場でもないですが、こんなに”うまくいく”ことがあるのか…と安心?感心?しています。

懸念すること

これまで、”過疎脱却か?”と華々しかった地域も多くは人口減少が続いています。これは、その効果ある事業規模を”どれ位の期間続けば過疎脱却できるか”を客観的な数値で明らかにしないで行っているためです。前項のように、人口減少は仕方ないものとして、再び当面の対策事業そのもので評価する時代に再び入ったと懸念します。もし知りたい場合、”人口再生シミュレーション”ツールは、それを知る道具です。ぜひ活用ください。

余談:当記事とは関係ありません

娘: ホームページの入口”地域工房・経営工房”サイト(ここ)が少し変わったわね。どうしたの?

父: 一言でいえば “店じまい”だね。後期高齢者になると、体力気力が急に変化してくのがわかるよ。私の上の年代や同年代で知っている人が次々と亡くなったよ。人それぞれの人生が、人それぞれが創る舞台だとすると、もう降りる時かな…とね。

娘: それで、昔からのホームページ部分を「資料室」として残したのを削除したのね。この「記事」サイトは、今回のアップをみると頑張っているみたいだけど?

父: いやいや、誰しも持っている自分用に使ってきた道具としてのツールを提供したのは、自分で何かを突き止めることは終わりにしようということだよ。

娘: そうなの。

父: 人口推計に興味をもったキッカケは、40数年前の”村おこしブーム”のときに仕事で携わったことだよ。古里の行く末を知りたいと思い計算方法を習い、計算してみると減少していく結果だったので、どれだけ増やせば再生できるのかを知るためにシミュレーションを始めたよ。

娘: それで?

父: 今は、再生活動に参画しようという気持ちから、みんなが頑張る古里の行く末を見届けように気持ちが変わったよ。

娘: 引退だね。最近の言葉でいえば「卒業」かな?

父: そうだね。多くの現役者と”共通する舞台”からは卒業するよ。そこでは自分達のために頑張っている人達がいるし、その結果の恩恵もうまくいかない責任も各々が負っているんだから…

娘: お父さんは、もう結果について責任もなく、結果についてあまり困りもせず、まして当事者でもない立場だからね。その方がいいかもね。

父: うん。

娘: 近いうちに孫に会いに来てよ。手に負えないでいるから…

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